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宇佐神宮のクラウス号(SL)

2011年09月04日

 以前、旧博多駅の1階コンコースにあったドイツ人ヘルマン・ルムシュツテル氏の胸像レリーフが、新幹線の全線開通に伴って新築した新博多駅の屋上にある鉄道神社に大切に顕彰されています(写真右)。神社の祭神は近くの住吉神社からの分霊だそうです。

 「新幹線の父」と呼ばれた第4代国鉄総裁の十河信二氏による「九州鉄道建設之恩人」の揮毫の通り(写真下4)、九州人が忘れてはならない大切な人です。明治時代に始まる日本の鉄道事業は、主に北海道は米国、本州は英国、そして九州は独国の指導・援助によって進められました。その指導者として活躍したのが、技師のルムシュツテル氏でした。

 
 そして、氏とともに忘れてはならないのが、宇佐神宮境内に保存されているSLのクラウス号です。明治22年九州鉄道は博多・久留米間で開通し、明治31年までにドイツのクラウス社から3形式50両を輸入しました。
 
 その多くが大型化や国産化で役割を終え、他の鉄道会社や製鉄・炭鉱等に売却されたり、解体されました。現在クラウス26号と同形式のものは、北海道沼田町(15号)と岩手県遠野市(17号)に保存されているのみです。

 クラウス26号は鳥栖機関区で入換機として使用された後、昭和23年に大分交通に売却され、宇佐参宮線(国鉄宇佐駅経由の豊後高田駅・宇佐八幡駅間)の花形機関車として活躍しました。そして、昭和40年の同腺廃線に伴い、宇佐町に寄付され大切に保存されてきました。つまり、九州鉄道創業期の機関車で唯一九州に残った歴史遺産なのです。

 クラウスの損傷が進んだため、2001年に宇佐ライオンズクラブを中心に「走れクラウス2001人計画」を立て、全国に募金を呼びかけて修復事業を行いました。雄姿をとりもどしたクラウスは、宇佐神宮が新築した立派な覆屋内に展示し(写真下1・2)、関係資料は30年後の子供たちのためにタイムカプセルに入れて地中に埋納しました。そして、2007年には、修復運動とクラウスの歴史を紹介した絵本『しあわせなクラウス』(写真下3)も発行されています。
 

 「水を飲むときは井戸を掘った人の恩を忘れてはならない」という中国の諺があります。いま人々の関心は新幹線に集まっていますが、鉄道神社のヘルマン・ルムシュツテル氏と宇佐神宮のクラウス号への恩を忘れてはJR九州の発展はないと思います。
 
 
 

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