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真宗大谷派四日市別院

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九州最大規模の重層の山門

二次元コード

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所在地 大分県宇佐市四日市 
料金 無料
駐車場 大型バス可
アクセス JRでお越しの方:柳ケ浦駅で降りて、タクシーに乗換約10分
宇佐駅で降りて、タクシーに乗換約15分
お車でお越しの方:宇佐別府道路四日市ICから約5分
エリア名 宇佐エリア
ジャンル 【観る】神社仏閣
お問合せ [東本願寺四日市別院]
0978-32-0050
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詳細

 戦国時代の1562年、四日市の豪族・渡辺統綱(むねつな)は本願寺11世顕如の弟子になり、法名を専養と称して、宇佐郡山本村に「専養庵」を開きました。これが四日市別院の起りです。
 1578年には、統綱の子統述(むねのぶ)が、教如上人の九州下向の際に弟子となり、法名「正明」と寺号「真勝寺」を賜りました。戦国の動乱によって真勝寺は消失しましたが、1674年に再建して現在地に移転させました。
 1743年、住職の不行跡が原因で寺は幕府没収となり、翌年東本願寺に下げ渡されて本山掛所御坊となりました。これが「九州御坊」と称し、九州716寺院を統括した「別院」の始まりです。
 幕末の尊王攘夷の嵐は、四日市にも吹き荒れました。宇佐地方の討幕派の志士たちは幕府領の四日市陣屋を襲撃し、役人が東別院に逃げたため本堂や庄屋の屋敷等に火をかけ、御許山に陣をかまえました。これが御許騒動と呼ばれる事件です。この時消失した本堂は、1753年に計画され1825年にようやく完成を見たもので、本山と同じ二層屋根で九州御坊に相応しい建物でした。 現在の本堂は旧本堂消失後の仮本堂として1880年(明治13)に再建されたものです。
 また、山門は二重屋根の重層門で、1865年に本堂に相応しい大門として建立され、御許山騒動の兵火で失われること無く今日まで伝えられています。規模は正面幅16.2m、奥行4m、高さ15.6mと大きく九州最大規模を誇るもので、県の有形文化財に指定されています。また、本堂を含む建造物の多くは国の登録文化財となっています。

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